「朝の掃除の後に」
- 2021-01-25
- ひとのおと
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ゆらゆら立ち昇る煙を眺めながら、
その香りに身を委ねている時間が好きです。
特に時間は決めていないのですが、
我が家では、朝、拭き掃除を終えた後に焚くことが多い「お香」。
お香は、空間だけでなく、人の内側も、
すっきりと、そして、穏やかにさせてくれますね。
私は「瞑想」というものが、非常に苦手。
身一つで、目を閉じても、
ちっとも頭が空っぽにならないのです。
逆に、思考を止めようと思えば思うほど、
考えごとや雑念が湧いてくる。苦笑
でも、「拭き掃除」や「お香」に集中している間は、私は空っぽ。
「瞑想状態」に限りなく近いのだろう、
と思っています。
ですから「瞑想」が苦手だけど、
頭と心をすっきりさせたい方は、
こんな風に、
「 “ 目の前の何か ” に集中する時間」
を持つと良いのかもしれません。
この静謐な朝の時間は、
大抵、子どもたちの起床とともに、強制終了となるのですが、
頭と心がすっきりしていると、
あわただしいはずの朝も、
どこかゆったり過ぎていくように感じるから、不思議なものです。
(いただいたお香や、お気に入りのお香たち。もっとあります❤︎)
そういえば、私、昔は、
「お香」が好きではありませんでした。
(子どもの頃は、そういう方も多いかな)
というのも、私は、母子家庭で育ち、
幼い頃、祖父母と暮らしていたのですが、
当時、いわゆる「ニュータウン」に住み、
周りは、核家族が多かったものですから、
他の家と違うことを、「恥ずかしい」と思っていたのです。
ですから、暮らしの中にある、
お煎餅や、焼き魚や、お仏壇へのお供え、早寝早起き、お着物、民謡…
そういった、
「おばあちゃんっぽいもの」
の一切が、古臭くて、嫌だなぁ…
と思っていました。
お隣のお家は、オシャレな食卓だろうし、
お供えなんて習慣はないのだろうと、勝手に、思っていたの。
お香もその一つ。
でも、大人になるというのは、不思議なものですね。
祖父母が、毎日していたことの意味を知り、
祖父母と共有した「もの・こと・時間」が、
結局のところ、私のルーツと悟ったことで、
嫌だなぁと思っていた全てのことが、
懐かしく、ありがたく、感じられるようになっていきました。
祖父母は、私の幼い考えもお見通しで、
全部ひっくるめて、大きな愛で、受け止めてくれていたんだろうな。
…話が脱線してしまいましたが、
お香、というのは、そんな思い出も含めて、
私を穏やかにさせてくれるものなのかもしれません。
さて、今朝は、少し寒さが和らぎましたね。
良い一週間のスタートになりますように。
かまくらのおと
白河 晃子
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