ヒガンバナの小道

小学生のころ祖母に
「ヒガンバナは摘んじゃいけないよ」
と言われて、大層恐ろしい気持ちになったことを覚えている。

摘んだら良くないことが起きる、というのだ。

「良くないこと」というのも
ずいぶん漠然とした話だけれど
何でも知っている祖母の言葉はとても重く、

「万が一、他の花と間違えて摘んでしまったらどうしよう…」

と幼い私は気が気でなかった。

それで、その話を聞いた日から
一切の花を摘むことをやめてしまった。

昔はずいぶん慎重な性格だったようだ。

今でも祖母のセリフを思い出すその花は
今時期、鎌倉の各所で拝むことができる。

中でも八幡様(鶴岡八幡宮)の東側の脇道は見事だ。


八幡様に正面から入らず
大鳥居(三の鳥居)に向かって右手に進むと
左手に「鎌倉シャツ」の看板が見えてくる。

そのお店の少し手前にある
細い小道を左に入っていくのだ。

その道沿いには
秋の始まりだけ
彼岸花が群生して現れる。

突然真っ赤に染まるその道は
秋の青空に映える鮮やかさと
異世界に繋がっているような
ちょっと不気味で妖艶な空気に満ちている。

今年は残念ながら
見ごろを逃してしまって
既にまばらになっていた。


が、そのおかげで
例年カメラマンで混み合う道には、
ほとんど人がおらず、
どこか寂しげに空を向く一本を一本を
じっくり眺めてみることができた。

すっと伸びた茎の先に
重力を無視して広がる燦爛とした赤い花は
天に向かって大きく大きく
手を広げているように見える。


どこからどう見ても個性的で
他の花と全く異なる姿だ。

にもかかわらず
祖母の言葉とこの花に畏れを抱き、
間違って摘んではいけないからと
帰り道の密かな楽しみを
真剣に自粛した小学生の私。

可愛くもあり、ちょっと不憫だなと、
今になって懐かしく思う。

かまくらのおと
白河 晃子


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