さみしい夜のおまじない

昨日の夜、10歳の長男が
私と夫の寝室にやってきた。

もう12時をまわっていただろうか。

一緒に寝たいとベッドに割り込んできたのだ。

照れ隠しなのか
ヘラヘラと笑いながら。

普段こんなことはなく
自分の部屋のベッドに入ると
すぐに寝息を立て
朝までぐっすり寝てしまう。

だから、ちょっと変だなと思った。

けれど、歳の割に体格がよい長男を挟んで
川の字で寝るにはベッドが狭く

「ごめん、自分の部屋で寝てきて」

と、あしらってしまった。

すると長男は
もういいよと言わんばかりの不満顔で
自分の部屋に戻って行ってしまった。

そのまま寝直そうと思ったのだけれど
彼の様子が気になって眠れない。

しょうがないので
長男の部屋をのぞきにいくと
布団にくるまって
シクシクと涙を流していた。

「どうしたの。一緒に寝たいなんて珍しいじゃない。」

と声をかける。

すると、小さな声で一言

「さみしい…」

と返ってきた。

いっそう心配になって

「何かあったの?」

と聞くと
こんな答えが返ってきた。

「寝たいのに寝れない。僕だけひとりで寂しい」と。

辛いことがあったわけじゃなくて良かった。

ほっとしたと同時に、口元がゆるんでしまった。

まだまだ可愛いじゃないか。

よく考えると、この日彼は
夕方に1時間ほど昼寝をしてしまっていた。

だから、すんなり寝付けなくなってしまったのだろう。

そして、私も子どもの頃
同じようなことがあったなと思い出した。

布団に入って
ずいぶん時間が経つのに
一向に眠れない。

寝ようとすればするほど、目が冴える。

祖父母も妹も寝て
ついには、母親も寝てしまった。

起きているのは自分一人。

真っ暗な部屋。
外も真っ暗。

しんと静まったこの世界に
たった一人取り残されてしまったような
そんな不安に襲われたものだ。

「そうか、寂しいんだね」

と、そのまま返す。

彼はコクンとうなづいた。

鎌倉の夜は、一層不安にさせるのかもしれない。

都会のそれと違って
外に街頭もなく、人の気配もなく、
かすかな虫の音と木のざわつく音のみ。

本当に真っ暗闇になるからだ。

学校のこと、明日のこと。
昼間怒られたこと。

余計なことまで思い出して
不安が膨らんでいるのかもしれないと思った。

ふと、こんなセリフが口をついて出た。

『 眠れないときは
ただ目を閉じていればいいよ。

寝ようとしなくていい。
力を入れずに。

すると、遠くに星が見えてくるの。

白い星、黄色い星。

見えてきた?

見えてきたら、それを
じーっと見つめてみて。

力を抜いて。

ときどき、数えてみるのもいい。

ひとつ、ふたつ。

そうしてるうちに
ふわふわと良い気持ちになってくる。

きっと知らぬ間に寝てしまうよ。』

彼はまたコクンとうなづいた。

涙を止め、目を閉じて
それを試みようとしているようだった。

これは、昔、私が夜眠れないときに
母をゆすり起こし、教えてもらったおまじないだ。

とうに忘れていたが
必要な時に思い出せるようにできているのだろうか。

身体の記憶に驚いた。

目をつむって
星を探していると
母が閉じたまぶたの上を
手のひらで優しくなでてくれる。

するとたちまち安心して
目がとろんと重くなった。

そして、いつだって母の言う通り
いつの間にか寝入ってしまっていたものだ。

私もその記憶を辿って
長男のまぶたを優しくなでる。

彼のベッドの横から
身体を預けるように寄り添って。

涙のあとは
すっかり乾いていた。

母もこんな景色を見ていたのだろうか。

しばらくすると
すーっと寝息を立てて
寝てしまった。

いい夢見てね、と寝顔につぶやく。

なんてことない夜に
温かい気持ちになった。

本当に寄り添ってもらったのは、私だったのかもしれない。


かまくらのおと
白河 晃子

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