「祖母と湯呑みと鎌倉」

先日の春分の日。

思い立って、私の妹と、
千葉に住む祖母の家に訪れた。


祖母は、昭和4年生まれの、93歳。


この歳まで大病することもなく、
一人で慎ましやかに暮らしている。
 


 
あるとき、父が心配をして、
同居や、施設への入居を、話題にしたこともあったが、
 
「一人が気楽」
「あんなつまらんところ、入りたくない」
 
と、全く取り合わなかったそうだ。
 
 
祖母の夫(祖父)は、私が生まれるずっと前、
50代で病気で亡くなったと聞いている。
 
 
運命によって、もう何十年と一人暮らしをしてきた祖母にとって、
今の家、今の暮らしが、一番安心なのだろう。


お医者さんからは、

「この歳で、こんなに数値の良い人は見たことがない」

と驚かれるほど、健康体。


我が祖母ながら、あっぱれだ。


とはいえ、年齢が年齢だけに、
いつ何があってもおかしくないと、
私も、家族も、いつもどこかで心配している。


その気持ちを和らげようと、
ときどき電話をしたり、手紙を書いたり、
こうして家を訪れることにしているのだ。


今回の訪問は、コロナ禍とあって、
半年以上あいてしまった。


久しぶりに会った祖母は、
いつものように「お入り」と明るく迎えてくれた。


けれど、背中は一段と小さくなり、
動きも、ずいぶん遅くなっているように感じた。


近頃、家を訪れると、祖母は決まってこう言う。

「家にあるもの、何でも持っていっていいよ」

「もう、おばあちゃん、いつまでも生きとらん。後は、全部、処分するだけだから」

と。


終活と称して、日々、
身の回りものを整理しているらしい。


「いやいや、そんなこと言わず長生きしてね。」

いつもは、そう流していた。


ただ、あまりにも何度も言うので、
今回は、私にも心境の変化があった。


家が片付いてしまったら、
祖母までいなくなってしまうような気がしていたのだけれど、

自分が大切にしていたものを、
生きているうちに人に手渡し、
後世大事に使われていると知った方が、

むしろ、祖母の内側に、
安心が広がるのではないか、と思ったのだ。


そんなことで、今回は、あえて、
祖母の言葉に乗ってみることにした。


たくさん残っている食器は、
もうほとんど使っていない、と言う。

なので、まず、それを見せてもらうことにした。


そのうちの一つが、こちらの湯呑み。
  

 
水仙、牡丹、椿の花が描かれ、
落ち着いた色合いながら、非常に美しい。


祖母が、この湯呑みを使用しているのは記憶にあるが、
その所以を聞いたことはなかった。


祖母の出身地・金沢の九谷焼のもので、
昔々、祖母の兄が、持たせてくれたそうだ。

「これがあれば、何かの時に、間に合うよ」

と。

なんて優しい言葉なのだろう。


そんな話を聞きながら、
手に持って眺めているうちに、
どんどん愛着が湧いてきた。


どれか一つを選ぼうかと思ったが、
結局、5個一緒に譲ってもらうことにした。

祖母も、ちょっと嬉しそうに見えた。


そんな流れから、金沢の話になった。


私が生まれた時には、
すでに、祖母は、千葉に移り住んでいたので、
出身地の話を、実は、詳しく聞いたことがなかった。


5〜6歳の時に、祖母に連れられて、
たった一度、金沢のお祭りと親戚の結婚式に参加したように思うのだけれど、
その記憶もずいぶん朧げだ。


改めて、故郷は、どんなところなのか、聞いてみた。


すると、驚いたことに、鎌倉にとても似ている、という。


祖母の出身は、金沢の美川というところで、
兼六園からそう遠くない、海産業で栄えた、海が綺麗な町だそうだ。


祖母の実家は、漁師さんから買い取った、
イワシやしらす、海産物を加工して、暮らしていたという。


確かに、鎌倉にも、
海あり、しらすあり、歴史あり。


どことなく鎌倉に似た空気が、祖母の話から、伝わってきた。


終いには、
「だから、おばあちゃんは、鎌倉が好きだよ」
と言う。


そんなことを祖母が思っていたとは。初耳だ。


しかし、だとすると、
私が、強烈に鎌倉に惹かれるのも、必然のような気がしてくる。 
 

(稲村が先の海岸。遠くに江ノ島が見える)

 
5年前、鎌倉は稲村ヶ崎の景色を見て、
なんともいえない気持ちでいっぱいになり、
ここに住みたい、と強く思ったのだから。


今思えば、私の中にいる祖母や、
ご先祖さまの血が騒いでいたのかもしれない。


なんだか、とても愉快な気持ちになった。


祖母の家で見つけた、不思議なつながり。


近々、美川にも訪れてみよう。


何か面白い発見があるかもしれない。


かまくらのおと
白河 晃子


(祖母と私)

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