祖母の着物と桐だんす
- 2023-07-11
- くらしのおと
- リンクをシェアする
ある日突然始まった蝉の声は日に日に賑やかになり、あっという間に鎌倉は夏を迎えています。
一概に蝉と言っても、
夏の最初に鳴き始めるのがニイニイゼミで
最後に鳴き始めるのがツクツクボウシだと
お世話になっている整体の先生に先日教わりました。
確かに耳を澄ませていると、
チーーーーーというニイニイゼミの高い鳴き声がよく聞こえます。
先生の家の近くでは、最近夜になると、脱皮直後の蝉とよく出会すと言っていました。
透き通った羽が美しく、地面をゆっくりと移動しながら木に登っていく姿が、懸命でかわいいのだそうです。
想像してみましたが、私は鳴き声だけで十分と思いました。
それにしても刻々と変化する蝉の鳴き声に、ー夏の移ろいまでも感じることができるとは。日本人の感性の素晴らしさを改めて思いました。
鎌倉の住宅街は街灯が少ないので、外が暗くなるとともに蝉も鳴き止んでいくようです。
日が傾き、音が鎮まり、何でもない一日が終わっていく。その景気が好きです。
近々、我が家に桐だんすがやってくるかもしれません。
長年祖母が暮らした家の和室に置かれていたものです。
これまで深く気に留めたことはなかったのですが、一ヶ月前に祖母が亡くなり、いずれ家を処分すると父に言われた時に、真っ先に頭に浮かんだのが桐だんすでした。
中には着物が仕舞われていました。
着ている姿は見たことがないのですが、若い頃使っていたのでしょう。
とても良い状態で保存されていました。
昔のデザインなのに今見ても決して古臭くありません。
むしろ洒落て見えるのが不思議です。
祖母は目が大きく口が小さくてお人形のように可愛い子だったと、昔、聞いたことがあります。
着物を着て電車で出かけると、見知らぬ男性にじーっと見惚れられてしまう、そんなことがよくあったそうです。
10代の頃事務員として入った会社では、同僚の男性に好意を寄せられていたようです。
祖母は全く気づかなかったようなのですが、
結婚して何年も経った後、その同僚の方と再会した時に、
後生では必ず一緒になってほしいと、泣いて懇願されたそうです。
そんな青春を見守ってきた着物が、私のところにやって来ようとしています。
もっと色んな話を聞いておけば良かったと思いますが、祖母の人生を思いながら着物を見つめていると、次から次に物語が立ち上がってくるように感じます。
実は今、茶道のお稽古と並行して着付けを習っています。
着物を譲り受けるには、悪くないタイミングなのかもしれません。
ただ、いずれはと思っていたものの、着付けも点前も半人前の今の私に、ちゃんと扱えるだろうか、宝の持ち腐れにならないだろうかと、いささか早い展開に動揺しています。
また、そこに染み込んでいる時間や、祖母が大切にしてきた何かを一緒に受け取るわけですから、買い揃えるのとはまた違った心構えが必要になると感じています。
しかし、祖母は新しいことにどんどん挑戦していく人でしたから、後押しをしてくれているのかもしれません。
80歳を過ぎて太極拳を習い始め、90歳を過ぎてからは読書の速読を熱心に学んでいました。
他にも様々ありますが、中でも驚きだったのは、株の売買が得意だったことです。
ずいぶん前に始めたようですが、祖母は好機を逃しませんでした。
準備が整うのを待っていたらいつまで経っても始まらないよと、言ってくれているのかもしれません。
桐だんすはそこそこ大きいのですが、採寸してみると我が家にも置けそうだということがわかりました。
着物はそのままでは袖の長さが合わないので、お直しをしてもらおう。頭の中ではもう一人の私が準備を始めています。
かまくらのおと
白河 晃子
Recommend
Follow me
「かまくらのおと」の新着記事の公開情報は以下にてご案内させていただきます。
また、今後、読者の方を対象としたイベントなどの楽しい企画も検討しております。こちらの先行案内は白河のメールマガジンでお届けいたしますので、是非ご登録になって楽しみにお待ちくださいませ。