「一目惚れした香炉」

善光寺の帰りに立ち寄ったお香専門店で、
私は、ひとつの「香炉」に目を奪われていた。
 

 
ちょうど手のひらに乗るほどの大きさで、
丸みを帯びた愛らしい姿の焼き物だ。

色はグレージュと言ったらよいだろうか。

土の色味が活かされた上品な風合いで、
表面はつややかに仕上げられている。

手に持ってみると、思ったより軽い。

蓋には、花びらの形の空気孔が見え、
繊細に作られていることがわかった。

さらに、私を虜にしたのが、
その表面に、えんじの絵具で絵付けされた
「鳥獣戯画(ちょうじゅうぎが)」だった。
 

 
鳥獣戯画といえば、高山寺であるが、
ちょうど白洲正子の「明恵上人」を読んでいる最中で、
まさに、その地に訪れることを夢想していたのである。

胸が高鳴った。

絵に触れると、ざらっとした筆跡が感じられた。

描かれた線は、伸びやかで、迷いがなく、こなれている。

お店の方によると、京都の職人さんの手仕事であるらしい。

また、今、お店にあるものは、
蓋にまで絵付けが施された特別な仕上がりで、
最後の一点だ、という。

ただの推し文句なのかもしれないが、
見れば見るほど、気に入ってしょうがないので、買うことにした。
 

 
家には、すでにお香立てがあるし、
まさか善光寺で、香炉など買うつもりはなかったが、

それから2週間。

すっかり、私のお気に入りとなっている。

丸い香炉から、立ち上り、揺れ広がる煙のなんと美しいことよ。
 

 
その様子に味わいを添えているのが、
蛙や兎たちの遊び戯れるユーモラスな姿だ。

お香のゆらぎと重なり合ったときには、
絵が動き出したようにさえ感じられる。

その光景は、見ていて飽きることがない。

この2週間で、なんとなく、家の気が丸くなったように思うのは、気のせいだろうか。

我ながら良い買い物をしたと、日々、悦に入っている。


かまくらのおと
白河 晃子
 

(合わせているお香は、白洲邸「武相荘」で求めた白檀)

Recommend

Instagram

view Instagram